< 「風立ちぬ」感想文 >





 18 July 2015

 どんな時代であっても「力を尽くして生きなさい」というの
が宮崎駿さんの、この映画を通して、多くの人々に伝えたいメ
ッセージだろう。たとえ関東大震災が起きて東京中がほのおに
つつまれても。また、戦争が始まり、戦闘機(ゼロ戦)の設計
士として生涯をかけて生きていくとしても。

 今回の鑑賞は二回目。半年前に初めて観て感動したものの、
なにやら迫力負けして消化不良だった。なぜなら感想文がスッ
と書き始められなかったから。

 一回目の鑑賞では理解できなかった点、また感じられなかっ
た点を二回目の鑑賞ならば、かなり理解、また感じられる。そ
れは映画自体のストーリーも全体構成もつかんだ上で見始める
からに他ならない。

 二回目の鑑賞ならばストーリーを追う必要はない。ディテー
ル(詳細・細かな点)を観ていけるし、聴くことができる。ア
ニメーションならではの髪の動きや、汽車が鉄橋を渡るとき、
その鉄橋はどんなふうにヒトの目に見えるか。(一秒のシーン
)列車が上り坂を登ってくるときかげろうがどんなふうにゆっ
たりと消えてゆき、列車の輪郭が徐々に明確になってくるか(
五秒のシーン)などを楽しむ余裕が出てくる。

 おっと、詳細を語り過ぎてしまったので、本題に入っていこ
うと思う。主人公である堀越次郎は実在の人物。宮崎駿さんに
とって、実在の人物を描くアニメは人生初。

 堀越次郎は子供の頃から曲がったことが大嫌い。弱い者いじ
めを見過ごすわけにはいかない。柔道の技も心得ている。

 語学にも興味がある。冒頭の、次郎の帽子が風で飛んでいっ
てしまい、ヒロイン菜穂子がナイス・キャッチする出会いのシ
ーンで、二人は難なくフランス語でポール・ヴァレリー 
Paul Valeryの詩の一節を掛け合う。Le vent se leve, il 
faut tenter de vivre.「ル ヴァン ス レヴ、 イル フォー 
タンテ ドゥ ヴィーヴル」

 堀辰雄の訳は「風立ちぬ いざ生きめやも」−「ぬ」は完了
の助動詞。(一方、未然形+「ぬ」は打ち消しの助動詞)と、
とあるサイトを熟読しながら、今回ぼくが良さそうと思う翻訳
は、

 菜穂子「風が吹いています」
 次郎「生きねばならない」 

*

 次郎の夢とイタリアの飛行機設計者であるジャン・カプロー
ニ伯爵の夢は、ときどきくっつく。ジャン・カプローニ伯爵は
次郎のことを「ニッポンの少年よ」といつも優しく、よき相談
相手となってくれる。会話はイタリア語でなされるのだろう。

 ドイツのユンカース社を視察するときはもちろんドイツ語。
その後、軽井沢のホテルで、クレソンが大好きなドイツ人と出
会う。そのときは日本語。そのドイツ人はピアノと唄が上手。

 英語は当然できるだろうから、フランス語、イタリア語、ド
イツ語、そして日本語を合わせると堀越次郎は五ヶ国語、話せ
ることになる。

 しかし語学堪能なんて次郎の才能のほんの一部だ。彼は幼い
頃から飛行機好きで「美しい飛行機をつくりたい」と強く願っ
ていた。実家は良家だったゆえ、次郎は勉強したいだけ勉強で
きた。

「噂の英才」として航空機会社(戦闘機会社)に入社後、瞬く
間に才覚を表す。もともと才能のある人間が、誰にも負けない
ほど、体力の限界まで、十年間、飛行機の設計というたったひ
とつの仕事にのめりこんだときに、どんな結果になるか。それ
は昔から次郎が思い描いていた「美しい飛行機」の完成だった。

 しかし彼はエンジンはつくっていない。彼は機体の設計士で
あって、エンジンの設計士ではない。当時、日本のエンジンは
非力で、かつ信頼性の低いものが多かった。(すぐにオイルを
噴出す始末)だから彼は自主的勉強会で若手エンジニアたちへ
言った「我々は軽く丈夫な機体づくりを目指そう」と。

 軽くて、丈夫。設計においてこれほど難しいことはない。丈
夫というのは専門用語で「剛性」という。社内で彼はたくさん
のアイディアを提供し続け、より速く飛ぶために、また空中分
解しないために、日夜、計算尺を使って、ときに片手で!計算
し続ける。また、設計図を描き続ける。

 彼は美しい飛行機をつくりたいだけ、なのだが、実際には戦
闘機をつくっている。戦闘機はできるだけ多くの爆弾を抱えて
飛ばなければならない。爆弾には当然重量がある。彼は先の自
主的勉強会の中でひとつの最新の設計案を披露する。しかしそ
のあと「爆弾を積むと飛ばないのでこの案はまたの機会に」と
取り下げる。

 このあたりに葛藤が表れている。すなわち「美しい飛行機が
つくりたいだけ」という表向きの心と「実際にぼくが設計して
いる飛行機は殺戮兵器なんだ」という無念な気持ちとの葛藤。

 これは実は宮崎駿さんそのものである。はやおさんは子供の
頃から戦記を読むのが大好き。飛行機も戦艦も戦車も大好き。
しかし戦争が大嫌いで、平和を心から愛している。ご自分でも
公式に認めておられる通り「矛盾だらけのにんげん」なのだ。

 いやいやいや、はやおさん。はやおさんだけじゃないですよ、
矛盾だらけなにんげんは。たぶんぼくも含めて99%のにんげ
んは矛盾だらけのまま生きています。いえ、生きるしかないん
です。って、宮崎駿さんもこのへんまではよくご存知。

 はやおさんは、今回、さらにもう一歩踏み込んだのです。つ
まり、わたしたちが矛盾だらけでも、力を尽くして生きよう、
また、時代や世の中が矛盾だらけでも、力を尽くして生きよう、
とおっしゃっているのでしょう。

 なので2015年7月15日に可決した安全保障関連法案は、
今後自衛隊の役割を大きく変えていくのですが、その全体に今
後もブレーキをかけられるだけかけつつ、そういう法案を保持
する政府の国民であることもよく認識しなければなりません。

 また、2014年11月中旬から、フクシマの溶け落ちた核
燃料(262t)がいよいよ地下水と当たって、トリチウムたっぷり
の水蒸気(核種三十種以上を含む)を大気へ噴出し続け、日本
全国、海側は特に湿度百パーセント近くを記録し続けている異
常事態に対し、ぼくが信頼していた良心的な地方新聞社ですら
報道しない、という現実も、これもまた受け止めていかなくて
はなりません。

 アマゾンの木々もインドネシアの木々もさいごの一本まで切
り倒されるでしょう。そうしたら酸素も足りなくなる。呼吸も
ままならない。なのに、クルマも飛行機もさいごまで飛ばすの
でしょう。そういった矛盾だらけの世の中でも「力を尽くして
生きるべき」とはやおさんはおっしゃっているのだと思います。

 けれど、おカネのために仕事するなら、それは得てしてそん
なに良い結果を生みません。おカネの前に考えるべきこと、そ
れは、日々、毎日、ぼくは、わたしは、「自分のやりたいこと
」をやっているか? それだけだと思います。

 みんなが「自分の好き」なことをし始めれば、世の中は少し
ずつ良い方向へ向かうでしょう。だって、好きなことをしてい
るヒトって笑顔が素敵ですから。

 さて、映画の話に戻ります。この映画は宮崎駿さんにとって
初のメロドラマでもあります。ご本人も半分それを認めておら
れます。

 メロドラマであり、かつ初の恋愛映画とも言えるかもしれま
せん。ぼくはなんとも、この上品なタッチのメロドラマが好き
になりました。

 たとえば駅で再会するシーン。クライマックスと言えるシー
ンです。菜穂子と次郎が人々をかわしながら互いに駆け寄り、
さいごに次郎が菜穂子のからだを正面から受け止める。その後、
力強く抱きかかえて二人で歩き始める。そのときに菜穂子の帽
子のつばが、抱かれた次郎のコートの胸のあたりに当たり、上
向きにピッと折れ曲がるのです。そうやってギュッと痛いくら
いに強く抱かれたとき、女性は男性の愛の深さを感じるはずで
す。

 だって、抱く側も抱かれる側も、ギュッ、だもん。

 おとこのひとも、おんなのひとも、ギュッとしているとき、
強く愛情や愛を感じるはずです。そして安心するのです。(も
ちろん出会いは別れの始まりですから、いつかは別れなければ
ならない。だけど、別れがあるから出会いが美しいんだと、ぼ
くは最近理解しています。ほんとうです)

 キス・シーンもほんとうに多い。宮崎駿さん、よくこれだけ
のキス・シーンを入れました。感心しました。どのシーンも、
とても上品です。けど、愛がきちんと感じられます。キス・シ
ーンなんて実写の映画にかなわないような氣がしていましたが、
アニメでもぜんぜん負けてない。いや、勝ってるかも。たぶん、
それまでのストーリー構成や次郎の仕事ぶりなどから、より、
その恋愛の深さが、ぼくらに伝わってくるんだと思います。ほ
んとうに美しい、後半の恋愛シーンとひとときの日常生活のシ
ーンです。

*

 はやおさんが一番好きな飛行機は「雑想ノート」(ぼくが一
番好きなまんが本)に描かれている「紅の豚」の駆るイタリア
製木製モノコックの飛行機です。とても美しい機体です。

 はやおさんの「雑想ノート」の中に日本の歴代戦闘機は登場
するものの「ゼロ戦」は登場しません。

 なのに今回の映画の最後のシーンに、ゼロ戦が格好よく飛ぶ
シーンを入れてくれました。

 次郎はイタリアの飛行機設計者であるジャン・カプローニ伯
爵に言います。「はい、けど、一機も帰ってきませんでした」

 これが戦争とはいったいなんなのかを物語っています。

 みな、死んでしまうのです。

 次郎は、ふと、(その同じ夢の中で)菜穂子に再会します。
 菜穂子さんは、笑顔で、とても健やかそうです。
 けど、ふわっと、ゆっくり天国へ上っていき、
 思ひ出の日傘もアニメーション特有のやり方で消されます。

 そしてさいごにイタリアの飛行機設計者であるジャン・カプ
ローニ伯爵は堀越次郎(ニッポンの少年)に言います。

「うん、その前においしいワインがあるんだ」

 ぼくもイタリアの赤ワインは大好きです。

 ワインと花とパートナーの笑顔

 それだけあれば、明日から仕事も百人力です。

 キーワードはひとつ。

「おカネを稼ごうと思うな。自分がほんとうにやりたいことだ
けをやろう。そうすれば、生活できるだけのちょうどいいだけ
のおカネは天から降ってくる」これに似たセリフをバイオリニ
ストのステファン・グラッペリが残しています。

 彼がピアニスト、ミッシェル・ペトルチアーニと共演したC
Dが、とっても格好いいんです。大好きです。


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